gridframe001の日記

とりかえのきかない世界を生きるために

2010-11-01から1ヶ月間の記事一覧

ドリフターズ

今から振り返ると、ドリフターズの魅力は、志村けんや加藤茶という精鋭がいたことよりも、仲本工事や高木ブーという普通の人がいたことによって、際立っている。1970年代までの日本は、今よりもほんわかしていた。国際化とともに、実力主義の時代に突入…

発展途上国

1985年はプラザ合意の年で、ここから円高はどんどん進んでいった。その頃、大学生だった私は、休みに入ると決まって海外へ旅立った。そのころの私は、土木技術者になって、発展途上国でダムや橋をつくることを夢見ていたから、きっかけは、そのような国…

構想1 カフェバー

もともと古いコンクリートの素地を生かしたモノトーンのクールなカフェバーに、賑やかさを与える色を導入したいと考えた。しかし、クールさはそのままでポップな雰囲気にはしたくない。また、天井の高いこの空間の気持ちよさを妨げないようにしたい。そんな…

映画 ONE LOVE

ジャマイカが舞台の映画。この映画の中の「自然の中に住む生活の様子が好きだ」という方から教えていただいた映画。ジャマイカでラスタと呼ばれる人々の生活である。ラスタとは、ラスタファリ運動の実践者のことをいい、ラスタファリ運動とは、1930年代にジ…

陽向を見つめながら

カフェでコーヒーを飲みながら、隣でベビーカーに座っている陽向をじっと見ている。今朝は機嫌も上々で、のんきな顔をして、周りの見知らぬ人々を見回している。ときおり、言葉になり損ねた音を発する。何かを伝えたいように見えることもあるし、ひとりごと…

空港としての病院

出会いは偶然で、どこでも出会いの場になりうるのに対し、別れは必然で、ほとんどの場合は以下のような特定の場所で起こる。ドア、バス停、駅、空港・・・。それらは、内と外の境界をなす場所である。私が思い出してみても、そのような場所でさよならを言った後…

映画 ユリイカ 

青山真治監督の映画には、「誰かのために生きる」つまり「守る」ということが描かれる。この映画では、血縁はほとんど関係がない。そこにあるのは、同じ経験を共有し、同じ傷を負った者同士の関係である。バスジャックの人質であり、そこで無差別殺人を目の…

イチョウの葉

ここ数日、家からオフィスまでの往復の間、ずっとイチョウの葉を踏みながら歩いている。4月に2〜3ミリしかないときからこのかたちを保ったまま、今年の暑い夏を越えて、いま鮮やかな黄色に変わって、はらはらと舞い落ちる。その繰り返しを10年以上見続…

追い込まれること

人は追い込まれたときに、初めて本領を発揮することがある。その本領とは自分でも知らないような類いのものである。自分を発見するとは、そんなときのことをいうのだろう。そんな瞬間をかけがえのないものと思える人たちと共に生きていきたい。テンパってし…

覚悟ができていること

週末には新宿御苑をベビーカーを押しながら走る。走ることに慣れてくると、自然に下腹に気を集中して走れるようになる。気が胸の辺りにある間はすぐに疲れてしまうが、下腹に気を集中できているときには疲れはいつの間にかなくなっている。何が起こっても覚…

映画と闇

映画は、DVDを借りて、白い壁にプロジェクターで投影して観る。暗い場所で観るのが映画、明るい場所で観るのがテレビだと思っている。以前にも書いたが、萩生田監督と飲む機会があったときに、「映画とは、半分は、フィルムのコマとコマの間にある暗闇を…

死者の生命@本当の戦争の話をしよう

死者はストーリーの中で何度でも甦えらせることができる、と作者はいう。幼い日に死んだガールフレンドも、戦争で死んだ仲間も、戦争で殺してしまった敵も。アメリカ兵たちは、身の周りの死を、ジョークによって乗り越えていく。死者に「それ了解」などと言…

今日、ベビーカーを押しながら、空を見上げると空高くに明るい月が出ていた。陽向の方を見ると、陽向も月を見上げていた。名前の影響ではないだろうが、陽向は視界の中で一番明るいところに目を向ける癖がある。(それとも、赤ん坊はみんなそうなのか?)東…

映画 カティンの森

淡々と工場の流れ作業のように人が殺されていく様が描かれていた。これが歴史的事実というものなのだろう。兵士は、相手の名前と顔を覚えると、相手を殺せなくなる、というようなことをどこかで読んだことがある。流れ作業のように人を殺せるのは、人間を工…

空間のデザイン

店舗をつくる依頼をいただくと、まず、現地を見せていただく。がらんとした空間に立って、漂う空気を感じようとする。全く、黙ったままの空間もあるかと思えば、語りかけてくるかのように、かたちが見えてきたりすることもある。しかし、それが即、答えにな…

田中一村

学生の頃に、この人の映画を撮りたい、という映画監督から画集を見せてもらった。生きているときには認められず、死後、評価された画家、田中一村。不遇の人生の後半を、単身、奄美大島で過ごし、その自然を描いた。「描いていると、自然が語りかけてくるよ…

他者としてのわが子

言葉を理解しない赤ん坊の陽向は、私たちの世界のルールの外にいる。つまり、「他者」である。言葉を理解しないからこそ、言葉ではないところで分かりあいたい気持ちが生じて、笑いかけたり、頭を撫でたり、「高い高い」をしたり、とあらゆる手段でこちらの…

アウンサンスーチーの解放

最初の軟禁から21年。長い間、自由を奪われて、65歳になった。軍事政権側としては、終身軟禁状態を保ちたかったところだろうが、国際的な政治圧力に屈したのだろう。65歳の彼女は、未だ凛としていて美しい。奇蹟のような存在である。軟禁状態とはどのような…

出会いについて

出会いは偶然で、いかなる場所でも起こる。通りですれ違った人でさえ、人生のキーパーソンになりうる。だから、出会いとは本質的に予測不可能である。このことが、出会いを楽しみにさせる一方で、恐れさせることもある理由である。きっと決められていたに違…

通学路

小学校の通学路は、通る道が決められていた。確かアインシュタインは子供の頃、毎日別の道を歩いたと書いてあった。同じ道ばかりで発想が乏しくなってしまったのではないか、と思ったりするが、だからこそありありと記憶に残っていることもある。今でも通学…

未来1

例えば、美容師になったとしたら、寝ても覚めても、どうやってよりよいヘアスタイルをつくるか、ということを考えている人になりたい。例えば、料理人になったとしたら、寝ても覚めても、どうやってよりおいしい料理をつくるか、ということを考えている人に…

夢見るように眠りたい

林海象監督の映画のタイトルだが、今日は寝不足でそんな気持ちだ。みなさん、おやすみなさい。

トロント

私がアメリカにいた1992〜1996年。カナダ・トロントの街が好きな人は多かった。安全で、コンパクトにまとまっていて、適度に整理された街である。そう、何事においても「適度に」という表現がふさわしい。写真は、街のスカイラインをトロント島から撮…

建築家ユニット IKMO

建築家ユニットIKMOのお二人とは、モノビットという大田区の幻のアートグッズ・セレクトショップで知り合った。もう7、8年前のことである。モノビットのオーナー久保田さんは、東京ビッグサイトで行われるデザインフェスタで、気に入った作品を探し、…

映画 またの日の知華

ドキュメンタリー『ゆきゆきて神軍』の原一男監督の劇映画。桃井かおりが演じる知華が最後に殺される理由について、監督はこう語っている。「言葉面で自由って簡単なんですけど、本物の自由であればあるほど、生きられるはずがないじゃんっていう感じがある…

スタッフ010

昨日、自意識について書いたが、それはスタッフ010からヒントを得て書いたものだ。スタッフ010は、自意識をほとんど消すことができる。自意識過剰の対極にある。自然体という言葉がふさわしい。だから、彼は、人との距離をスッと縮めることができる。…

自意識から世界へ

20年前に遡ることができたら、きっとそのころよく喋っていた言葉で、今はほとんど言わなくなった言葉を発見するだろう。その言葉を思わず使ってしまう自分を恥ずかしく思って、いつのまにか言わないでいられるようになった言葉がきっとあるはずだ。自意識…

初・現場監督

休日になると仕事場に出てくる陽向。この日は、初の現場入り。

映画 ラウンド・ミッドナイト

サックスの巨人、デクスター・ゴードン主演。そのしゃがれ声を聴いているだけで映画の中へ引き入れられる。クラブで毎日サックスを演奏するデイル。周りに酒を禁じられているが、つい酒を飲んでは、病院に運ばれることの繰り返し。「毎日創造するということ…

私が殺した男

ティムは、戦争で自分が殺してしまった男を、呆然と見つめ続ける。彼の生きてきた人生と、これから生きようとしていた人生を想像しながら。何度も何度も同じところを見返す。感情は失われ、まるでビデオカメラになったかのように見続ける。それを止めること…