gridframe001の日記

とりかえのきかない世界を生きるために

2019-11-01から1ヶ月間の記事一覧

映画 ボヘミアン・ラプソディー

2018年。イギリス・アメリカ。 クイーンの伝記映画。フレディ・マーキュリーの人生を中心に描く。 アーティストの才能と孤独。それは、光と影の関係だ。 そのコントラストを小さくすれば、普通の人のイメージに近づく。 そんな構図が見える。 普通の人など、…

かけら

子供の頃には、存在したもの。 それについて語る老人の慈しみに満ちた眼差し。 目を細めて、その脳裏に浮かぶ風景を壊さないようにそっと両手で包み込もうとしている。 失われたものを懐かしみ、次の世代に伝える。 次の世代は、その愛情を受け取って、自分…

危機感

すべてが予定調和の中でつくられていることへの未来に対する危機感は大きい。 かたちが現れたとき、つくる側になんら感動がない行為に何の意味があるのだろう? また資本の力が示されるだけだ。 人間は、さほど愚かではないはずだ。 心を震わせるような文学…

力を動かす方向とタイミング

柔道とはつまり、相手の力を動かす方向とタイミングを計り続けるスポーツだ。 もちろん、力の差が大きければその行為には限界がある。重量で階級を分ける所以である。 つまり、柔道の本分は、力ではない。 大相撲には階級がない。それでも、最重量の力士が強…

ポイントカード

毎日の生活の中で、どのくらい自分の本分にエネルギーをかけるか、はその人のみならず世界の問題であることはいうまでもない。 自分の本分に集中するために、それぞれの人はそれぞれの環境を構築するのだが、そのためにはときおり断捨離が必要になる。 今回…

走れない

富士山マラソンはもう4回目。前身の河口湖マラソンからは6回目。 今回は、そこそこ練習をしたから、目標タイムもあったのだが、30kmでまさかの棄権。 風邪の病み上がりなのが影響したかもしれないが、さほどの自覚はなかったため、自分ではどうもスッキリし…

片割れ

家族で行った飲食店にアームバンドの片割れを残してきたことに、数百メートル歩いてから気づいた。 もう地下鉄駅に降りようとしていたところで家族に言うと、妻は「もういいんじゃない。安物だったし、新しいの買おうよ。」と。 「確かに。」と思ったところ…

映画 君の名は

2016年。新海誠監督。ヒロインの三葉の声は上白石萌音。 上白石萌音の歌から入って、この映画を観た。この人には強い存在感がある。誰かが書いていたが、10代の薬師丸ひろ子と同じくらいのインパクトかもしれない。 声優から辿ってアニメを観るのは初めてだ…

財務省

三橋貴明氏によれば、日本の閉塞感についての諸悪の根源は、財務省の出世システムらしい。本当に官僚個人の出世欲のために、日本全体が傾いているのだろうか?

夢をつくる力

ぼくの夢の中でゴキブリが出てきた。結構近くにいたが、特に何も起こらなかった。まあ、小道具みたいな位置だった。 目が覚めてからそのゴキブリを思い出してみて、ハッと気づいたのは、ゴキブリのディテールが省略されていたことだ。 黒光りした羽もなかっ…

ぼくららしさ

だれの「らしさ」もそうだが、グリッドフレームらしさ、というものは意識して出てくるものではない。 日ごろから、何を見て、何を感じているか、が「らしさ」として滲み出てくる。

突破口

複数の建築設計士に相談して難しいと言われたことに、抜け道が開けた。 聞いてみるものだ。 世の中には、こんなことがたくさんあるのだろう。 無知のままであきらめるな!

建築がとりかえのきかないものになりにくい理由

クライアントのビジネス感、審査機関の判断、ステークホルダーたちの利害関係。 これらすべてが、とりかえのきく世界で行われる。もしくは、その世界で行われなければならない、という思い込みの中で進んでいく。 仕事とはそういうものだ、と無言のうちに閉…

足元を見つめる

足元を見つめるのは、時間のかかる作業だ。 今、これやって、って言われることをやるのは、そういう意味では楽なのだから、外野は黙っていてくれ、と言い通すつもりで過ごしている。 もちろん、期限は設定しないといけない。 今年中だ。

実際との距離

とりかえのきく世界ですべてを押し流してしまおうという力は強大だ。だが、それに抗うことは、そんなに難しいことでもないように思う。 とはいえ、気がつけば、一緒に押し流されているのが、これまでの自分の人生なのだろう。意識的に、とりかえのきかない世…

映画 鉄コン筋クリート

2006年。松本大洋原作。マイケル・アリアス監督。 陽向と一緒に観ていたら、陽向は、シロが陽向、クロがぼく、として観えてきたらしい。 少年クロとシロは、ずっと二人で助け合いながらストリートで暮らしてきた。しかし、クロは、シロが大けがをしたときに…

復活

忘れかけた頃に、いろいろな話が復活してくる。 それぞれを追いかけていた頃には、祈る気持ちでその実現を待ったにも関らず、ぼくらの指をすり抜けていったものばかりだ。 なぜ同時期に重なるんだろう?ありがたいことだが、不思議だ。 波の中にいるのを感じ…

坂道

東京は坂の多い街だ。 風景の変化をつくり出してくれて、ぼくは気に入っている。 移動するのに、ある程度の気合を必要とするところもよい。

古い住宅の可能性

新しい建物に囲まれてポツリと存在する古い木造住宅。長い間、だれも住んでいない。 もう60年近くも時を過ごして、ツタの絡まった外観は、見上げるぼくに語りかけてくる。 なんだか怖いものが潜んでいるようで嫌だ、とほとんどの人がそれを拒否する。 新しい…

燻蒸・消毒

外で放置されていたものをインテリアに使うとき、何か悪い虫や菌がついていないか、と心配されることもあるだろう。 よく美術館や博物館に、燻蒸室というものがあるが、SOTOCHIKU素材にはそんな処理が必要なものがあるかもしれない。 今後、その方法について…

30k

10月5日に出場した東京30Kでは、あまりに暑すぎて半分しか走れなかったため、代わりに30kmくらい走ることにした。もう、マラソンの2週間前になってしまったけれど。 今回は、上りの坂道練習が仇になったのか腸腰筋がずっと痛くて、1か月も全速力で走れ…

映画 ナイロビの蜂 (2度目)

2005年。イギリス。 人類は生まれてきた命を祝福すると同時に、生まれてくる数をコントロールしなければならない時に来ている。 アフリカにおける人口爆発といわれる現象は、今も続いている。 1900年に15億人だった世界人口は、それからたったの120年間で76…

実現したいもの

一定の時間を共に過ごしながら、心に重なりあう部分をつくれず通じ合えないまま、ただ通り過ぎていく関係を多く経験してきた。 双方にとって透明人間のままの関係。 一生の短さを思えば、もったいないとしか言いようがない。 何かのきっかけをつくれば、この…

「私」とパブリックな空間の理想的な関係

ぼく自身は、正直に言うと、ファシズムでもない限り、同調圧力が明確に作用している場は嫌いではない。 自分が主張する必要を感じないことについては、その場の空気に合わせてしまえば波風を立てることなく居させてもらえるのだから、頭では自由に好きなこと…

スケルトンとホワイトキューブ

店舗施設は、店が入れ替わるたびに前の店が解体され、スケルトンと呼ばれる状態から次の店がつくられる。 アートの展示は、展示が入れ替わるたびに前の展示が解体され、ホワイトキューブ状態から次の展示がつくられる。 スケルトンは、建造物のはらわたが顕…

雑念の塊としての「無」

塩田千春展が森美術館で開かれていた。 半分は気が進まなかったのだが、やはり気持ちが少し滅入った。 内容にがっかりしたのではない。 資本とアートのミスマッチに溜息してしまうのだ。 本来貧しい背景を必要とするアートが、余計に白く塗りこめた壁の中に…

コンテクスト

いまそこにいる空間が何か自分に関係する、と感じられるためには、空間にストーリーが必要であり、自分につながっていくコンテクストが必要だ。

ホワイトキューブ

美術館やギャラリーがホワイトキューブと呼ばれる白い箱になったのはいつからだろう? ウェブで探すと、白を純粋な色としたドイツ・ナチスが美術品の展示の背景を白い壁に変えた、とある。また、ニューヨークのMoMAで、作品数を極端に減らした現在の視覚的イ…

評価が分かれる人

乃木希典のように評価が分かれる人も少ないだろう。 それは、軍人という結果が全ての世界に、自らの精神の一貫性を反映させたように外からは映ったからだろう。 最も臨機応変に欠けるように映る人物が大将となったからだ。 だが、兵士の士気を保つことができ…

映画 二百三高地

1980年。乃木希典役は仲代達矢。 家から100mのところに乃木神社があり、旧乃木邸もそこにある。 言わずと知れた、乃木希典が妻・静子ともに自刃した場所だ。 ぼくは、この神社の鳥居の前を過ぎるときには、必ず立ち止まり、拝礼する。 それは、乃木に対…