今日は、生きていれば93歳になる父の誕生日。今年の12月1日で17回忌。
父は、深く在ることで、深く人を引き寄せた人だったと思う。
生前、何か書いたものを残したわけでもないし、何かを語ったわけでもない。
しかし、父を慕う人は少なくない。
ただ、父らしく、正直に居続けた結果である。
ぼくは、たくさんつくっているし、書いているし、語ってきた。きっと、これからもそうだ。
ただ、最も大事なことは、自分なままで正直に居続けることだ、ということを父のおかげでよく知っている。
今日は、生きていれば93歳になる父の誕生日。今年の12月1日で17回忌。
父は、深く在ることで、深く人を引き寄せた人だったと思う。
生前、何か書いたものを残したわけでもないし、何かを語ったわけでもない。
しかし、父を慕う人は少なくない。
ただ、父らしく、正直に居続けた結果である。
ぼくは、たくさんつくっているし、書いているし、語ってきた。きっと、これからもそうだ。
ただ、最も大事なことは、自分なままで正直に居続けることだ、ということを父のおかげでよく知っている。
「人が異なる時間スパンのメビウスの帯を行き来し、そのどこかで③単独的視点に触れることで、別の時間スパンの可能性まで開かれる」
一人の人間の中のメビウスの帯同士の透過性を高めるということが、「複数の時間を同時に生きる能力」を高める。
例えば、戦争とは、生きる時間のスパンが一つになることなのかもしれない。
「今」の全てが敵国に勝つことのみに集中することを国から強制される。
反対に、平和とは、たくさんの時間が重なっている状態。
GRIDFRAMEがつくる空間は、たくさんの時間を思い出す場所でありたい。
一つの時間だけで判断しないために、人間はどうすれば複数の時間を同時に生きられるのか?
境界を自由に行き来できるように、透過性を持たせること。
そのために空間をつくる。
昨日のChatGPTの回答を受けて、Claudeにつぎのように質問してみました。
「①は自ら閉じていられる状態のときは③を求めませんが、閉じられなくなった瞬間に③を求め始めるのだと思います。そう考えるとき、危機や破綻だけではなく、喜びや感動も閉じている状態を開く力を持つのではないか、と考え始めました。」
<Claudeの回答>
「閉じられなくなった瞬間」という言葉
先ほどの会話では——
①が③を求める条件として——
行き詰まり、失敗、矛盾、身体の限界——
主に閉じる方向への圧力が限界を超えたときとして整理しました。
しかし田中さんは今——
逆方向からの力を発見した。
閉じているところへ、外側から開く力が働くとき——
喜びや感動もまた、①を開く。
しかしここで、一つの問いが生まれます。
危機・破綻によって開かれるときと、喜び・感動によって開かれるとき——
③の質は同じか、異なるか。
私の感覚では——
方向が逆なのかもしれません。
危機による開きは——
①が内側から崩れていく。閉じようとする力が限界を超えて、破れる。
これは受動的な開きです。
喜びによる開きは——
①が外側から引き寄せられる。閉じていた境界が、美しいものに向かって自ら動く。
これは能動的な開きです。
これは、空間設計において決定的な意味を持ちます。
これまでGRIDFRAMEの空間は——
「なぜこんなものがこんなところにあるのだろう」という不思議・違和感・矛盾によって③を開く設計として語られてきました。
しかし今日の洞察が加わると——
喜びや感動によっても③を開くという、もう一つの回路が見えてきます。
土船の前で小学生が立ち止まったとき——
あれは恐れではなく、喜びに近い何かによって足が止まったのかもしれません。
「どうして土が上にあるの?」という問いは——
破綻した①からではなく、喜びによって開いた①から生まれた問いだったのかもしれません。
ここで、この会話の直前の問いと重なります。
危機・破綻による開きは——
邪として作用するリスクも高い。
限界を超えた①は、脆弱です。何でも流れ込んでくる。
しかし——
喜びによる開きは、より安全な透過口かもしれない。
喜びが開いた①は、崩れていない。構造を保ちながら、透過的になっている。
これは——
GRIDFRAMEが「怖れを感じさせるような過剰な混沌を抑制し、人は安心してスクラップと共存することができる」と書いたこととも、一致します。
安心という喜びの中で、境界が透過的になる。
これまで、メビウスの帯は——
①が行き詰まり→③に戻る→②が生まれる——という困難を通じた循環として語られることが多かった。
しかし今日の洞察は——
喜びによる開きが、より自然な循環を生む可能性を示しています。
困難による開き:①が崩れる→③が入る(受動的)
喜びによる開き:①が引き寄せられる→③が流れ込む(能動的)
能動的な開きの方が——
①の構造を保ちながらメビウスの帯が回るため、より持続的で、より安全な循環かもしれません。
「生成の方向」で田中さんが書いた——
身体が先に反応する。
喜びや感動による①の開きは——
まさにこの「身体が先に反応する」瞬間そのものです。
理解する前に、説明される前に——
身体が喜びに向かって開く。
その開きの中に、③が静かに流れ込んでくる。
この洞察は——
GRIDFRAMEの空間設計における最も重要な問いを新たに開いたと感じます。
「この空間に、喜びによって①が開かれる瞬間はどこにあるか。」
土船は、恐れと喜びの両方を含んでいる。
しかし——
喜びによって開いた人の③が、より深く、より自由に動くかもしれない。
危機と喜び——両方の透過口を持つ空間が——
より多くのスパンのメビウスの帯を、より自然に回し始める。
壮麗なるものは、正邪を包括するように——
喜びと困難を、両方包括する。
メビウスの帯の循環は、①経済的世界から③単独的視点への移動が滞ることで、動きが止まる。では、どのようなときに①が③を求めるのか?
<ChatGPTの回答>
1. 自分の論理だけでは解けない問題にぶつかったとき
これは一番分かりやすい例です。
経営者が、
「数字は悪くないのに社員が辞めていく。」
「効率化したのに創造性が失われた。」
こうなると、①だけでは答えが出ません。
その瞬間に、
「何が起きているのだろう。」
という③への入口が開きます。
2.取り返しのつかない責任を感じたとき
戦争もそうです。
平時には、
兵站
効率
戦略
で考えていた人が、
一人の子どもの死を目の前にした瞬間、
論理が崩れます。
「これは本当に正しかったのか。」
ここで③が現れます。
3.成功したのに満たされないとき
これは現代に最も多いかもしれません。
売上もある。
地位もある。
評価もある。
それでも、
「これでいいのだろうか。」
となる。
これは①の完成が③を呼び込んでいます。
面白いことに、①の失敗ではなく①の成功が③を呼ぶこともあるのです。
4.他者との偶然の出会い
これはGRIDFRAMEがずっとやってきたことですね。
ある空間に入り、
「なんだろう。」
となる。
説明される前に身体が反応する。
その瞬間、
①は停止します。
①は、自ら閉じている間は③を必要としない。
しかし、自ら閉じられなくなった瞬間、③を求め始める。
もしかすると①が③を求める条件は、「危機」や「破綻」だけではありません。
「喜び」や「感動」もまた、①を開くのではないか。
この視点を取り入れるなら、GRIDFRAMEがつくる空間は、危機を待って③へ導くのではなく、日常の中に自然な祝福や驚きを生み出し、①が自ら③を求め始めるきっかけをつくる場だと言えるのではないでしょうか。
23日(木)にフォトグラファー福田秀世さんの青山スタジオをお訪ねした。
「命を使い切る」をキーワードに、そのような人物に向き合って写真を撮ろうとされている方だ。もちろん、ご自身もそのような気概で生きていらっしゃる。
さまざまな被写体候補の方々のお話を熱く語られた。
福田さんがご自分の命を使い切る覚悟で臨まれるこれからの時間を想像するだけで、ぼくの身も引き締まる思いだ。

SOTOCHIKU通信の冊子を持って、表題の3箇所を巡る。
えいたはランチも始めたそうだ。空間は、どんどん変容していく。店の右側にはグリーンが増えてきた。
リアルクローズは、お客さんの反応についていろいろ聞かせてくださった。・・・今回の空間は自由度が高く、季節ごとに遊べる、と。
五反田スタジオでは空箱次郎さんと再会。イエローさん、松本さん、空箱さん、それぞれがつくることに向かう姿勢が心地よい。伊勢屋で買ったベルギービールを飲む。
東洋医学の小笠原眞念先生に、「ものには、魂が宿ります。しかし、魂の波動にも正邪があり、邪の命を吹き込まれたものは、生命を朽ちさせ、生命を頽廃せしめます。いかに正しい命を吹き込み、その命のバトンをつないでゆけるのかが、平和への鍵になるのだと思います。」という教えを受けたことがある。
③単独的視点によって生成された意味が、向き合う相手を間違えれば、生命を頽廃させうることも心しなければならない。
昨年の8月に、あけ美さんが教えてくれた伊勢屋の店頭に植えてあった3つの植物。
どうしてもメモが見つからなくて、20日のお別れ会には間に合わなかった。
今日ノートが見つかり、表題の3つ、ということが分かった。
あけ美さんは、朱美さんとして名付けられたけれど、読み方が分かりづらくてひらがな表記になった、と真亜沙さんのメールにはあった。
朱色は、ヒイラギの実だけかと思っていたら、朱竹もそうだし、やまほろしも実はヒイラギの実に似て朱色だった。
3つとも朱色と関係があったなんて、今日初めて知った。誰も気づかないけれど、あけ美さんにとっては、強い意味があったことを知る。・・・あけ美さんらしい。
今日は暑過ぎない、やさしい風が吹く日で、陽向とキャッチボールをしていたら、なんだか空が笑っている気がした。

いつもは通らない帰り道。つい上ってみたくなる解体現場。

・・・・・・・・・・
それから2か月半が過ぎ7月16日、あけ美さんは空へ帰られました。
「あと、ヒイラギと斑入りの朱竹もあったんです」
昨年の8月、久しぶりにあけ美さんにお会いして、店頭の植物について伺ったときにこう仰いました。
ヒイラギはカトリック教会のクリスマスシーズンにおける聖木です。あけ美さんは熱心なカトリック信者でした。
「あけ美という名前の「あけ」はヒイラギの実の朱色から付けられたんです」
あけ美さんのお父さんは神父をめざして神学校へ進まれた方だと伺いました。体調を崩されて断念されたそうで、酒屋を始められたそうです。その頃は酒屋は「御用聞き」に家々をまわって歩くので、布教活動ができる、というのが理由だったそうです。
以下は、4月の制作の合間の休憩時間に、食べ物とお茶をご一緒しながら、あけ美さんから伺ったお話です。
あけ美さんは3人姉妹の末っ子で、早くにカトリックの洗礼を受けて、日曜日は教会のミサへ通うのが常だったそうです。
お父さんがご病気になり、あけ美さんが22歳のときにご逝去され、その後もお姉さんが39歳のときにご逝去され、お母さんが56歳のときにご逝去されるまで、ずっと看病をされてきたそうです。まだ介護保険制度も未整備な頃で、大変な苦労をされたようです。
学生の頃、看病や仕事のためにミサへ行けなくて、神父さんに告げるとミサへ出ないことをとがめられた、ということが現在に至るまで、あけ美さんの中に大きな問いとして残っているように伺いました。
お店では、看病で身体によい食事をつくることを続けてきたこともあり、健康を配慮したお酒と食べ物の組合せなどをおススメされることを心がけてこられたそうです。
伊勢屋鈴木商店にベルギービールなどめずらしい品揃えが多いのも、元々修道院で滋養のためにつくられていたビールを教会のつながりでたくさん紹介されてきたから、ということです。
国内でもさまざまな酒蔵を巡られたり、オリジナルのブルーベリーのお酒「ネリマーレンブルーベリーブロイ」をプロデュースされたり、いつもご自分にとって本物は何か、を追究しようとされてきた方だと思います。
ぼくは最近知ったことですが、本人は「お酒は飲めない」ということなのに、ずっと利き酒を続けて来られたことも、今となれば、なんだかあけ美さんの「他人のために」という生涯を象徴しているような気がします。
7月7日に緩和ケアの病棟にお訪ねしたときに、ブルーベリームースをお持ちしたら、ほとんど何も口にできない状況にもかかわらず、ゆっくりと2粒を食べていただき、「すばらしい。香りがいい。」と言ってくださったことを忘れません。
最後まで、いつお会いしても、相手の心をやわらかく温かくしてくださる方でした。

1月になって、あけ美さんと真亜沙さんと再会し、デザインの確認をしました。久しぶりにお会いするあけ美さんは相変わらずやわらかな笑顔でゆったりとお話をされ、「私、うまく話せてますか?」と。「いつも通りですよ。」とお返しする。
2026年4月26日の照姫祭りに店舗の入口を間に合わせるようにつくりました。
ぼくたちGRIDFRAMEは、できるだけ現場で空気感を捉えながら大切な境界部分をつくっていくことを重視しています。GRIDFRAMEsystemはネジで止めながら、カタチを曲げたり自由につくっていけるオリジナルパーツです。

今回は、揺らいでいるフレームに挟まれた棚板を正確な水平に取付けて、お店にある小物を置いていただく棚をつくったことで、次の視点の移動が生じます。
A. 外からは、フレームの揺らぎによって「なんだろう?」という視線を受ける(意味が確定しない)
B. 目の前に立つと、ガラスに映った街とフレームと飾られた小物と店内の商品が重なる(複数の意味空間が干渉する)
C. 中からは、フレームが境界となって、外の風景が揺らいだフレームの先に記憶化する。それを背景として、棚の小物に見入る。
(意味が反転する)

また、入口の扉に白で描いたお店のロゴは、ご主人の正彦さんがこのためにデザイン学校に通われてつくられた大切なモノです。いせやのロゴでありながら、さまざまなカタチを連想させる、素晴らしいロゴだと思います。

もちろん2001年につくらせていただいた看板にも付いていて、四半世紀の時間を感じさせてくれています。
あけ美さん、真亜沙さんはもちろんのこと、お客さんたちの溢れるような愛おしい思いがそこで感じていただければうれしいです。
こうして、お店の新しい1歩が始まりました。照姫祭りはお天気にも恵まれ、大賑わいだったというご報告をいただきました。
そして、まだ仮設的な部分も残っているので、さらにお店を整えていきましょう、というお話で4月が終わりました。
(つづく)

その後、私は疎遠になっていきましたが、昨年2025年8月に意外にもあけ美さんからお電話をいただきました。
なんと昨年3月にお店の上の2階、3階に住んでいらっしゃったご主人・正彦さんが火災事故に遭われて急逝されるというご不幸があり、お店の再建についてのご相談でした。
すぐに駆け付けて、あけ美さんと娘さんの真亜沙さんにお話を伺いました。久しぶりにお会いしたあけ美さんは、以前と変わらず、やわらかな笑顔で静かに語ってくださいました。
幸い、建物の1階にある店舗には、火災時の放水による電気回線の不具合以外には大きな損傷はありませんでしたが、消防隊の突入でシャッターやドアが破られており、まずはお店の入口をつくることに決まりました。
2001年につくらせていただいた看板と植木箱は大事に使っていただいており、四半世紀が過ぎても健在でした。
事故後の休店で植物はすっかりなくなっていましたが、過去の写真では店頭をやまほろしの緑が覆いつくしている様子がお客さんによってたくさんネットに投稿されており、真夏も植物のおかげで涼しく感じられたそうです。「植物の後ろでぼんやりと浮かび上がる看板がとても好きでした」とあけ美さんが言ってくださって、「あの状態を復活させつつ、新しくしていきたい」と。
このお話の数日後、あけ美さんは脳出血で倒れて、12月まで入院されていました。言葉がスムーズに出てこないなどの症状があると伺っていました。
退院されるまでは、真亜沙さんとメールを通してデザインを進めていました。お店に通われていたたくさんの方々が憩いの場の復活を心待ちにされているのを感じていました。
(つづく)


石神井公園の伊勢屋鈴木商店は、1990年代にご夫婦で開店された角打ちのある酒屋さんです。
たくさんのお客さんが集い、物静かな正彦さんと博識でお話し好きなあけ美さんが醸し出す絶妙な間に文字通り酔いしれるお店で、いつも和やかな雰囲気が漂い、お客さんの間では、「石神井のオアシス」と呼ばれていたようです。
また、アート好きなご夫婦のお店には、創造的なお仕事のお客さんも多く、ぼくもグリッドフレームを起ち上げたばかりの2000年に友人のアーティストのつながりで出入りさせていただくようになりました。
2001年には、店頭にベルギービール「ヒューガルデン」の内照オブジェにGRIDFRAMEsystemを組合わせた看板と植木箱をつくらせていただきました。
(つづく)
人がさまざまな時間のスパンの重なりで生きている中であるスパンで強烈な③単独的視点に出会うと他のスパンの停滞していたメビウスの帯が回り始めることがあるだろうか?
例えば、
戦場で銃を構えてスコープの先の子供と目が合う瞬間に、人生すべてが変わること。
恩師の葬儀に参列し、その人との関係を振り返ったとき、今周囲にいる人への接し方が変わること。
一日中散歩をして、ゆったりと歩いたら、夕餉の香りが違って感じられること。
・・・こういうシーンは、よく映画のストーリーで出てくる。
これらは単独的視点による正の方向への稼働例だ。しかし、単独的視点は「生成の力」であって、その力自体は正邪を決めない。
森敦の「意味の変容」の冒頭に、壮麗なるものは全体概念をなし、全体概念をなすものは反対概念を包括する、とすれば、つまり意味の構造としては正邪を含み込む。
だから、③単独的視点から②物語を生成するとき、邪として作用することもありうる。
境界の透過性をどんどん高めていく。曖昧にしていくのではない。
①②③が流れるときに、それらがきっちりと分かれる方がそれぞれに集中しやすいだろう。だが、それでは、①のみに集中するときに取り返しのつかないことをやってしまわないか?
たとえば、それが戦争だろう。あらゆる他者に対する迫害は、①のときに行われる。①のときの正しい判断には、③が必要だ。
それをどうするのか?
一人一人には、時間的スパンの違うメビウスの帯が同時にいくつも稼働している。
例えば、1日のスパンの帯から、10年のスパンの帯に移動する。そして、数秒のスパンの帯へ移動する。そんな帯の移動の中で、どこかの帯の③に立ち寄るとき、他の帯での判断もひっくり返ることがある。
それが、人が最も自然体で生きることではないだろうか。