gridframe001の日記

とりかえのきかない世界を生きるために

less is more 追記

Less is more とは、20世紀の3大建築家と呼ばれる中の一人、Mies van der Roheが唱えた言葉だ。

 

この逆説的表現は、その時代まで在った「建築には装飾がなければならない」という常識を覆すには十分な効果を発揮した。

 

柱と梁だけによってつくられる均質な構造体は、その内部にあらゆる機能を許容した。その機能についての多様性が、グローバリズムの推進に大いに役立ったのである。

 

ぼくらの住む地球は、退屈だけれども、みんな中流階級でいられる社会に落ち着くはずだった。ぬるま湯に浸かりながら、「つまらない」と叫んでいた80年代。

 

しかし、結果は逆になった。グローバリズムは世界資本主義を推し進め、その結果として、今日、貧富の差は拡大している。人間を大きな機械を動かすための「とりかえのきく部品」とみなし、各個人の単独性一切を削ぎ落してきたからだ。

 

だが、今、テクノロジーの発達によって、「とりかえのきく部品」としての人間はむしろ不要になってきている。新しいものを生み出す力こそが、今、人間に求められている。

 

そのために必要なものは、各個人が今まで削ぎ落された各個人の単独性ではないか?

 

 

新しいLess is more

「はかなさ」 消えやすく長続きしないこと

 

 

「せつなさ」 胸が締め付けられるような悲しさや、つらさのこと

 

 

 

ぼくらは皆、時の経過にともなって何かを失いながら生きている。でも同時に、失うことや失う兆候・予感に対して、美しさを感じる心を持っている。

 

美を感受する心とは、「はかなさ」や「せつなさ」というぼくらの生まれながらに制約を受けた、右下がりの事象に対する心象風景へ、まるで代償のように与えられたものではないか。

 

 

誕生、成長、上昇の「喜び」は、それ単体ではなく、上記のような逆の位相を持つ事象に目を背けず、対として捉えられたときに、より大きく、深く湧き起こる。

 

 

遠くを見つめるような微笑みをともなって。

 

 

そのように「喜び」を手にしていく人たちが、これからの社会をリードしていく会社であってほしいと願い、空間に想いを込める。

 

 

永遠でありたいと願って、「はかなさ」や「せつなさ」と向き合いつつ、生きる。

 

 

less is more を、ぼくはこのような新しい意味で捉える。

 

一流

プロ野球野村克也さんが逝った。

 

さまざま記事の中で、「一流、二流、三流の扱われ方」として、

 

「人間は無視、称賛、非難という3段階で試される。三流の人間は相手にされず、二流の人間はおだてられるだけ。一流と認められて初めて非難されるんです。」

 

と言われていたそうだ。

 

最近、ある近しい人がデザイナーとしての私を非難することが多い。そのように捉えておこう。

 

粛々と前進するのみ。

 

 

春の訪れ

毎年この時期になると、夕暮れに家族で青山墓地へ出かける。

 

その場所へ近づくと、「ケロ、ケロ・・・」という声が聴こえてくる。

 

「カエル!たくさんいる!」

 

陽向が叫んで、走って近寄る。

 

数十匹のヒキガエルが、寒空の下、ノロノロと動き回っている。

 

注意しないと踏んづけてしまいそうだ。

 

陽向が小学校へ入学して以来、4年連続でこのカエルたちを見る。

 

「なんか、泣きそうになる」

 

陽向が言う。ぼくも同じ気持ちだ。

 

 

映画 海賊と呼ばれた男

2016年。百田尚樹原作。

 

財閥系ではない現在の大手会社にはそれぞれ、出光佐三のような気骨を持ったオリジナリティ溢れる創始者がいたはずだ。

 

マネをしていたら生きていけない。会社が存在価値を持たなければ淘汰されるのは、今も昔も変わりない。

 

マネをせず成果を出しても、既得権益を持つ者たちは潰しにやってくる。それも変わらない。

 

愚痴を言っている暇はないのだ。 

 

 

音楽が聴こえてくる

そこにいるといつの間にか音楽が聴こえてくるような空間に、ぼくはいくつ出会ってきただろう?

 

もちろん、いろんな条件が揃って起こることだろうが、まずは空間に力がなければ、そんなことは起きない。

 

写真からも音楽が聴こえることもあるが、やはりその場にいることで聴こえてくる音楽は、CDとライブくらいに違う。

 

 

例えば、ぼくは遠い過去に、夕暮れ時ルイス・カーンのソーク・インスティテュートへ行ったときに、水がこちらへ流れてくる位置に立った。

 

赤・黄・紫・青・紺に染められた太平洋の空を背景として広がる凹状のシンメトリーな構図。

 

その静寂の中でぼくの中に聴こえてきた音楽が確かにあった。

 

そのような空間は、「自然」を必要とする、と思う。ぼくらにはコントロールできない何かを。

 

SOTOCHIKUによって、そんな空間をつくることができるかもしれない。

 

 

思い通りになることなんてない

どんなに時間をかけて

丹精込めてつくられたものでも

壊すことは簡単だ

 

ひとつのものがつくられるスピードと

それが壊されるスピードを比べて見ればよい

 

とても頭の良い人でないとつくれないものを

どんな人でも頭を使わないで一瞬で壊せる 

 

だから、

どんなに未来を予測してつくられたものでも

必ず壊れる

 

絶対に大丈夫なものなんて存在しない

 

思い通りになることなんて何もないのだ

 

 

 

 

 

日溜り

夜が終われば 月が沈む

階段を下りてゆく途中

 

君の背中が 月に溶ける

思わず走り出した時間

 

走り続けて 探し続けた

言葉の限りを 宙に漂わせて

 

苦し紛れの 独りよがりの日々

見上げても何も見えなかった 日溜り

 

 

叫び続けて 喘ぎ続けた

たどり着くのは 遠い日のようで

 

苦し紛れの 独りよがりの日々

見上げても何も見えなかった 日溜り

 

(1990.3 京都にて)

 

 

建国記念日

最近は、月曜日以外の祝日が少なくなってきた感がある。

 

今日の建国記念日は火曜日。2月11日には、どんな意味があっただろう?・・・とこの年で初めて調べてみる。

 

「日本では、実際の建国日が明確ではないため、建国神話(日本神話)を基に、建国を祝う日として「建国記念の日」が定められた。当時在位中の昭和天皇は第124代天皇とされ、2月11日は、日本神話の登場人物であり、古事記日本書紀で初代天皇とされる神武天皇の即位日が、日本書紀に紀元前660年1月1日 (旧暦)とあり[2]、その即位月日を明治に入り、グレゴリオ暦に換算した日付である。」(Wikipedia

 

最近、近代以前の人々がどんな心持ちで生きていたのかを想像するのがおもしろくなった。

 

ゆったりと時間は流れていただろうか。一日中、釣りをしているような生活もあったかもしれない。

 

突然、襲われて、食べ物や家族を奪われることもあったかもしれない。

 

国、というものができて、野生動物の仲間として生きていた時代は終わりを告げたのだろうか。

 

争いがなければ、国は生まれなかっただろう。

 

ロボットが生活に必要な労働を代行してくれたら、貧しさを物理的になくすことはできるだろうか?

 

そうなったら、争いはなくなるだろうか?

 

そのとき、国は必要とされるだろうか?

 

世界はひとつになれるだろうか?

 

 

 

 

 

 

空と向き合う

曲がった急な坂道は

外側が空に開いていて

心はいつも今日の天気に向かう

 

そんな曲がり道では

その先に何が待っているか見えない

 

だから、曲がり道の内側にあるそのお店は

歩いているうちに突然現れる

 

「見つけた!」という気持ちになる

 

そのちょうどよいサイズの白い建物は

密集した住宅街にありながら

中にいたら、つい隣の存在を忘れてしまう

 

きっと空と向き合っているからだ

 

 

体を動かす

しばらく働きづめの日々が続くと、無性に体を動かしたくなる。

 

ああ、思い切り走りたい。

 

新型コロナウィルスで、いたるところで監禁状態にある感染の疑いがある人たちも、同じ気持ちでいる人がたくさんいるだろう。

 

勝浦の海沿いにある三日月ホテルに閉じ込められている人たちに向けて、地元の人たちが浜辺の砂に大きな文字を書いて、励ましている。

 

「あとすこし。がんばって。」

 

人の心は美しい。

 

 

ゆったりとした時間

陽向は塾に行きたいというが、現在の時間の過ごし方では時間の余裕が全くなくなってしまう。

 

1月末にお腹をこわしたときに学校の宿題に遅れが生じて、そのままずるずると来ているうえに、柔道も続けている。算数検定も14日にある、というスケジュールの中で、塾通いを始めて、集中できる状態にない。

 

子供らしさは、追い詰められないところに生まれる。自由な発想に、目の覚める思いをさせてくれるのも、ぼくたちよりも余裕があるからだ。

 

大人並みの忙しさに彼を放り込むのは、よくない。

 

 

ランボルギーニ・カウンタック

スーパーカーと言えば、カウンタック

 

1970年代後半のスーパーカー・ブームで熱狂した少年のひとりだったぼくは、半世紀近く経った今でもそう思っている

 

フェラーリを超す車をつくってやろうとトラクターの会社の社長フェルッチオ・ランボルギーニスーパーカーと言えば、カウンタック

 

1970年代後半のスーパーカー・ブームで熱狂した少年のひとりだったぼくは、半世紀近く経った今でもそう思う

 

フェラーリを超す車をつくってやろうとトラクターの会社の社長フェルッチオ・ランボルギーニが1963年に会社を興してから、たったの10年後にたどり着いた頂点ともいうべき車だ

 

フェラーリの流麗さに対し、ランボルギーニはダイナミックさ、力強さを前面に押し出す

 

フェラーリは車体よりも周囲を流れる空気をデザインするが、ランボルギーニはマシン自体のインパクトが強い

 

例えば、カウンタックのリアの2Dデザインは、それ自体が一点パースになっており、止まっている姿を後ろから見ているだけなのに、前方へすさまじいスピードで走る姿が重なってしまう

 

そんな車が他にあるだろうか?

 

 

 

 

音楽と祈り

音楽の政治的利用などと聞いただけで恐ろしいが、祈るような気持ちにさせてくれる音楽が使用されるならば、戦争も止まってしまうかもしれない。

 

戦場のピアニスト」という映画では、戦時の心理を音楽が溶かす瞬間を表現している。

 

ぼくは、アルボペルトのタブララサを聴くと、はるかなものに対して祈る気持ちを喚起される。