gridframe001の日記

とりかえのきかない世界を生きるために

陽向、鋸山を登る

陽向に千葉へ向かう車の中で「できないかもしれないことをやってみると、できたときにうれしいんだよ」と話すと、「鋸山をのぼりたい」と言う。

 

このところ、意欲を感じられない陽向がそう言ってくれたのはうれしかった。

 

登ってみると、母親よりも元気に歩く。

 

その調子。

 

漁網

保田のソトパクをつくるためのSOTOCHIKU素材として、新たに漁網が浮かんだ。

 

保田の漁業の歴史に想いを馳せるようなものでありたいし、何よりも網から逃げようとする生物の活力を感じられるものにしたい。

 

それは、コロナ禍を経て新しい時代へと抜け出すエネルギーだ。

 

 

設計施工

設計施工を一括で依頼する場合、設計と施工を分割して依頼する場合と比較して、どのようなメリットがありますか?という問いに答えて・・・

 

・・・・・

一般的には、設計施工一貫の会社とは、自社で設計業務をして、特定の人員(外注であることが多い)が施工し、自社の現場監督が設計監理も兼ねる会社のことをいうのだと認識しています。


設計会社と比べてのメリットは、ワンストップで店舗ができあがることと、施工能力を前提に設計ができるためスムーズに施工が進み、往々にして設計会社に依頼するよりはコストが下がることだと思われます。

デメリットとしては、スムーズさと安さが売りの場合が多いので、設計会社よりも既視感のある予定調和のデザインが多くなることです。

弊社は、設計施工一貫の会社ですが、上記とはかなり異質です。

自社工場があって、そこで美大建築学部出身のアーティストたちが試行錯誤をしながら制作するため、既視感のない予定不調和のデザインに特化しています。

そのような空間づくりを設計会社が行うと多大なコストがかかることが予想されますが、自社の中でスムーズに進めることができるため、コスト的に実現可能な場合がほとんどです。

 

路傍の草

これは本当の笑顔だと、みんな知っている。 

100歳の車椅子のおばあさんが、ピンクの着物を着てカメラの前で笑っている。


以前着たのは一体いつだったかも思い出せない。

夢を見ているようだよ。


世の中にモノがまだ少なった頃は、たくさんのモノが輝いていた。

でも、モノが溢れるようにたくさんある今は、

なぜかどれも輝いて見えなくなった。


そう、昔は路傍の草を見るのが愉しみだったよ。 

いつのまにか目が行かなくなってしまっていたけど、

きっと目が曇っていたのかもね。


路傍の草も確かに神様がつくった姿をしているね。

 

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コロナの鎮静化

東京のコロナの1日の新規感染者数は二桁に減ってきた。

 

政治はワクチンを打った以外は、何もしていないに等しい。

 

第6波は必ず来ると言われているが、この静けさは何だろう。

 

世界的にはコロナの影響で工場が止まったり、輸送が止まったりで、いろんなものの価格が上がってきた。

 

UK、ロシア、トルコなどは過去最高の猛威をふるっている。ずっと抑え込んでいたオーストラリア、ニュージーランドもじりじりと増えてきている。

 

世界全体では、まだ季節要因の周期の中にある。日本でこのまま収束することはありえない。

 

コロナに目的はないだろうが、人類はこの機会に新自由主義の世界を終わらせたい。世界中の誰も幸せにしないこのシステムに代わる何かを生み出したい。

 

その変革が始まるのはこれからだ。

 

すべての人の健康を祈る気持ちは尊いが、まだ元の世界へ戻ろうというエネルギーは世界の大半を占める。

 

この騒動を無為に終わらせてはならない。

 

陰翳礼讃

谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」は、アメリカで日本建築を学ぶときに必読の書として出てくる。しかし、正面からそれを読み解こうとする者はまれで、私も一節に触れたくらいで、そのイメージを心に描いたのみだ。

 

障子から入る自然光によって変化する室内の一日の変化。障子に映り込む植物のかたち。その影が風にそよぐ。

 

こう書いただけで、自分と外界とのやわらかなつながりが生まれる。

 

 

医者と家族

概して医者は一般的なことしかいえない、と思って間違いではないと思う。

 

どんなに人格者であろうと、例えば10分患者と話したところで患者の何がわかるか?

 

もし、医者がぼくらがクライアントにインタビューするように2時間をかければ、理解度は違ってくるだろう。一般性という壁を突き抜けられるかもしれない。

 

だが、それはビジネスの問題として、もしくは、需要と供給の問題として、不可能と判断されているのだろう。

 

だから、最終的に患者を守るのは家族だ。一般的な知識を医者に教えてもらって、それを単独的な人間に対して適用できるのは、家族しかいない。

 

 

 

三角屋根

パクチー銀行の入口の三角屋根に頭を痛めている。

 

このダサさをどのように解消するのか?

 

ここまで書いていたら、アイディアが浮かんだ。

 

そうだ。ずっと工事中の象徴にすればいい。

 

工事中の状態は、万人に咎められない、というメリットもある。

 

頭を痛めるとは、愉しんでいるということでもある。

 

最初から不満を言いたいわけでは全くないのだ。

 

内側

それが内側からの笑顔なのか、みんな知っている。

 

100歳の車いすのおばあさんが、ピンクの着物を着てカメラの前で笑っている。

 

ここ30年の世界が推し進めてきたのは、内側からの感情の排除だ。

 

世界はすでにモノに溢れ、それを手にして笑っていても本当に心からうれしいと思っているか、量ることができない。他人はもちろんのこと、自分自身の気持ちがわからない。

 

おいしいものを食べに行っても、本当においしいのかどうか、わからない。あるのは、高級な料理とそうでない料理という区別だけだ。

 

誰もが虚栄心を満たすことに懸命だったときがあって、その頃から本当の内側はわからなくなってしまった。

 

ぼくが子供のころに住んでいた九州の片田舎には、10キロ圏内に中華料理屋が1軒しかなくて、年に数回の特別な日には家族でその回るテーブルで食事をした。そこで食べるスーパイコをぼくは本当に愉しみにしていた。

 

だが、現在、東京で生まれ育った陽向は、どんなレストランに連れて行っても、本当にそれを喜んでいるか、わからない。

 

きっと世界のどこにいても同じことは起こっているのだろう。

 

ぼくらはサービス側の意図を好む好まぬにかかわらず見抜いてしまう能力を身に着けてしまって、どんな場所にいても半ば白けた気分で過ごしてはいないか?

 

今後、関わりたい仕事は、人の内側から出てくる気持ちを信じられるような仕事だ。

 

冒頭の車椅子のおばあさんの笑顔を疑う人はいないだろう。例えば、そんな仕事に関わらせていただきたい。

 

 

 

89マイル

11月20日オープン予定の「SOTOCHIKU&パクチー銀行」(ソトパク)を共同経営する佐谷喬さんは、パクチーハウスを経堂でオープンした2007年以来、89(パクチー)という数字に徹底的にこだわってこられた。

 

ついこの間、89キロを走るという離れ業を軽くやってのけたと思いきや、今日は犬吠埼から南房総のギャラリーで「千葉県は広くて世界は近い」という個展をされているアーティスト吉良康矢さんの元まで89マイル(143.2キロ)を2日で走破するという、これまた人間の限界に挑戦するようなイベントをあくまでも軽く実現させていらっしゃる。ご本人曰く、個展のタイトルを体を使って検証するためだ、と。

 

走り終えた後は涼しい顔をして「軽い筋肉痛」というのだから、超人的だ。

 

でも、「なぜそこまでして?」という疑問を持つ人もいるだろう。

 

ぼくは、佐谷さんは今の世界に足りないものを提示しようとされているのだと腑に落ちて、共鳴している。

 

何もかもが仕込まれていて、虚栄心を満足させるためにある様々なサービスの下に、心貧しく生活している現代の生活に足りないのは、自分の内側から湧き上がる幸福感だ。

 

ぼくは、東京育ちの息子・陽向を見ながら、切実にそれを感じている。「何をやっても、自分の内側から湧き上がるモノに触れることができない。」東京に、彼の眼を生き生きと輝かせるものを探し出すのは、ぼくらの子供時代ほど簡単ではない。

 

だが、解決できる方法はたくさんある。自分の内側から湧き上がる幸福感を生身の体の限界に挑むことで得ていく。佐谷さんがやっているのは、これだろう。

 

限界に挑戦する。できるか、できないか、わからないけれど挑戦する。できなければ、試行錯誤する。

 

ぼくも、家族を伴って、佐谷さんと一緒にこれをやっていこうと思う。

 

休む

夏休みからそのままリモート授業に入り、しかも受験するかしないかはっきりしないというプレッシャーも加わり、陽向の精神はちょっとずつ疲労してきたようで、今のところ調子が悪い。

 

今週は病院へ検査に連れて行ったり、母親とともに忙しくしている。

 

どこまでも楽観的なぼくは、いつもと変わらないが、これを機会に陽向は「積極的に自分を休める」ことを覚えたらよいと願っている。例えば、受動的にゲームなどで自分を休めると、やめるきっかけを見つけられないでへとへとに疲れるまでやってしまう。ぼくにもそんな経験がある。

 

ぼくにとっては、こうやって書くことは、積極的に自分を休める方法の一つだ。そんな方法を一つでも身に着けることができれば、人生は豊かに過ごしていける。

 

低血糖症状」と調べると、今の陽向の症状がほとんどあてはまる。食べること、寝ること、体を動かすこと。この基本を正していくのはもちろんだが、「休む」とは、一体どんなことかをこの際、家族で共通認識にたどり着けるとよい。