ある人のことに想いを馳せて、その人がいまその人自身を手放そうとしているのではないか、という考えがぼくを捕らえて、ぼくは居ても立ってもいられずその人へ電話をかける。
ぼくには、世の中は全部嘘でできているのではないか、という疑いが脳裏に浮かぶ瞬間がある。その度ぼくは、ぼくの知る人々の誠実を思い出しては、その疑いを消し去る。
その人の誠実もまた、ぼくを勇気付けてくれる力になっている。にもかかわらず、当のその人が世の中を全部嘘でできているかのごとく見て、自分を見失うことがあるのだ。
本人は、そのことに気づいていない。誠実と嘘を行ったり来たりしていることに。
そう、本人には自分がどちら側にいるかを知ることはたぶん困難なのだ。ぼく自身を含めて。