gridframe001の日記

とりかえのきかない世界を生きるために

意志 その7

この人口80人の村が、昔から何も変わっていないわけではない。陸の孤島と言えども、文明の波は押し寄せている。

犬橇はスノーモービルに取って代わった。スノーモービルが走った跡は、雪が硬くなりすぎて、犬が足に怪我をしてしまうのである。生活を支えていたシベリア犬たちは、機能的な役割を終え、たまにイベントとしての犬橇レースに出場する以外は、愛玩犬として飼われる存在に変わっている。

そして、この村にもテレビがあり、丸太小屋にはビデオデッキがあった。地上波の映りはよくなかったから、夜もめったに見なかったけれど。

・・・

この村へ来て、かなり日数が過ぎた後、ジェイソンが一本のビデオテープを持ってきてくれた。

再生を押すと、しばらく私は呆然となった。その年の1月に日本の六畳一間のアパートで観た「極北の大河ユーコン」だったのだ。

ホテルで話しかけたお母さんをはじめ、目の前のジェイソン、そして、一緒に遊んだチャーリーなどの子供たち、彼らがすべてキャプション付きでインタビューされている。

私は「ユーコン川のほとりのちいさな村」としか記憶していなかったから、そのときまでこの事実に気づかなかったのだ。

私はテレビのブラウン管の中に入り込んでいたのである。

・・・

どうしてこのようなことが起こるのだろう。なぜ、そのとき世界は私に対してあんなにも優しかったのだろう。

答えはわからない。

しかし、始まりは分かる。

ユーコン川のほとりの小さな村でオーロラを見たい」

この『意志』を持ったことである。

意志があればかなう。そう信じていいのかどうかわからない。その答えは、私が死ぬときまでとっておかなくてはならない。

しかし、少なくとも、純度の高い意志は、力を持っていると思う。意志がかなわなかったとしたら、おそらくそこには余計なものがまとわりついているからだ。

・・・

村を離れる日、ジェイソンはスノーモービルで数10キロ凍ったユーコン川の上を走り、幹線道路まで送り届けてくれた。

私が「ヒッチハイクで帰りたい」とわがままを言ったからである。

フェアバンクスまで大型トラックの運転手が乗せてくれた。

「何してたんだい?」

「大学の春休みの旅行です」

「俺だったら、あったかいビーチで寝そべって過ごすけどなあ」