gridframe001の日記

とりかえのきかない世界を生きるために

交通

ある地方でえられた生産諸力、ことに諸発明が、以後の発展に影響をおよぼすかどうかは、もっぱら交通の拡大いかんによる。直接の近隣を越えうる交通が、まだまったく存在しないかぎり、どの発明も地方ごとになされねばならない。そして蛮族の侵入のような通常の通常の戦争でもよいが−まったくの偶然だけあれば、発達した生産諸力と諸要求とをもつ国を、またもとのもくあみからやり直しという状態にしてしまうことができるのである。マルクスドイツ・イデオロギー』)

現在までにどれだけの数の発明が存続されることなく消滅していったかを想像すると気が遠くなる。たぶん、発明の数全体からすれば、ほんの一握りの数の発明によって、現代の文明はかたちづくられているのだろう。

それは過去のことに留まらない。たぶん、現在でも数多くの発明が個人の手から周囲へ広がることもなく、静かに消滅しているに違いない。

交通=コミュニケーションが成立することは、現代においても難しいのだ。

しかし、「発明が積み重なって、世界は右上がりに豊かになっていく」という命題に疑問が投げかけられる今、「消滅もまたよいのでは?」という声すら聞かれるかもしれない。

それでも、今よりも未来がよくなることを信じて、自らの発明に人生を賭ける人たちは後を絶たないであろう。そして、個人の生涯として考えれば、発明の作業を続けることこそが一義的なもので、必ずしもその発明が社会に影響を与えることにこだわるわけではないという者もいるかもしれない。

いずれにせよ、発明が社会を発展させるためには、交通が必要である。例えば、インターネットは交通の一形態だ。

自分の発明によって社会を変えたいと思う者は、交通のことを知る必要があるだろう。

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