ぼくは詩に親しんできたわけではない。
宮沢賢治やランボーや、いくつかの詩集が家にあるけれど、読んだとは言い難い。
けれど、ぼくが各プロジェクトに対して書くコンセプトストーリーは、詩のようなものになっている。
論理的には結び付かないAとBとをぼんやりと結びつける。結びついたとすれば、それは詩的に結びついた、ということだと理解している。
Aという事象を見たときに、Bという他のことを思い出す、ということがぼくたちには頻繁に起きる。
その結びつきは、説明できることもあるし、できないこともある。
今の世の中は、説明できることに価値を置くけれど、面白いのは、説明できないことの中にある。
説明できないことは、詩になる。
なぜAとBがつながったのだろう、と考えることは、個人に委ねられる。ぼくは、それを自由と呼ぶ。
説明できることだけでは自由がないのだ。