ぼくは荷物をたくさん持って歩くのが嫌いだ。
いわゆるバックパッカーをやっていたときも、山のような荷物を運んだのは最初のアフリカのみで、そこで出会った親切な先輩旅行者たちに必要なものと不必要なものを分けてもらった経験をしてからは、ずっとハイキングに出かけるくらいの量で海外の長旅へ出かけた。
今日、バッグ、カメラと2つの荷物を抱えて歩いていたら、気持ちが沈んできた。
フランシス・コッポラ製作総指揮のドキュメンタリー映画に「Powaqqatsi」という作品がある。
その中で、人たちはあるときは泥まみれになりながら、黙々と運び続ける。おびただしい量の運ぶという作業が文明を築いてきたのだと思い知る映画だ。
それを思い出しながら歩いた。
決して体力に問題があるわけでもないのに、人一倍運ぶのを苦痛に感じる理由は、ぼくの、なで肩体型にある。
肩にかけたものが滑り落ちる。それと闘いながら、歩く。
「運ぶ」と書いて、「運(うん)」と読むと教わったさけえの。
今度は、森敦の書いた本に出てくるじいさまを思い出しながら。