文章に、かたちを与える。これは変換作業だ。
小学生の頃に、夏休みの課題として読書感想画があったが、それは分かりやすい例だ。
もちろん、絵から言葉を紡ぎ出すのも変換作業だ。
また、かたちを別のかたちに変えるのも、変換作業だ。
言葉を別の言葉に変えるのも、変換作業だ。
どれも、創造の可能性を秘めているが、創造が約束されているわけではない。
「創造性の連鎖」は、ひとつの空間をつくるときに関わる人間たちが伝達される言葉やかたちをその人自身の考えをもとに変換していく作業の連鎖だ。
変換作業の数だけ創造が入り込む可能性も増えるし、そこに関わる人数が多いほど多様な創造が入り込む可能性が増える。
創造とは、ゼロからイチを生み出すことだ、と誤解している人は今も多いが、実際、創造と呼ばれているものは変換作業のなかに何かを生み出すことだ。
それならできる人はきっと多いだろう。
何かを創造したいと願う人は、このような変換作業の連鎖の中に身を置くとよい。