gridframe001の日記

とりかえのきかない世界を生きるために

映画 水俣曼荼羅

2020年。原一男監督。

 

水俣病の解決などありはしないことを深く納得させられる映画だ。

 

このような公害問題は、善玉と悪役という単純な構図に分かれるように見えるが、こうして現場を見せられると、構造はあまりにも複雑であることを理解せざるを得ない。

 

例えば、2004年最高裁関西訴訟で患者側が勝訴した後、患者たちは時の環境大臣小池百合子に謝罪を迫るが、小池は患者たちへ気持ちが伝わるように謝罪することができない。公害が始まってから60年以上が経過して、当時の国の責任に対し、彼女が気持ちを込めて謝罪できないのは無理もない。どのように謝ったとしても、感じ悪く映るしかない。

 

もし、自分がそこに立っていたら、患者たちを納得させられるような謝罪ができるだろうか?いや、到底できないだろう。ぼくは、都知事である彼女に全く好意を持てないが、この映像の彼女には同情すら感じてしまう。

 

国とは何か?行政とは何か?これを考えずにはいられない。

 

一方の当事者のいない世界で裁判が行われることの理不尽を想う。もう一方では当事者はずっと苦しみ続けている。

 

裁判の度に、戦う相手は変わり続ける。こうして、水俣病の苦しみはずっと置き去りにされ続けている。