2010年。高野孝子(環境教育活動家)、グレッグ・レモン(ツールドフランス覇者)、アンドリュー・ワイル(総合医療医学博士)を描く。
ちょうど「探究Ⅱ」(柄谷行人)を読みながら、スピノザの神の観念について考えているときに、日本の縄文時代に生まれた「自分の命は、大自然の人智を遥かに超えた目には見えない力に生かされている」という先住民的自然観が今も日本の中で生き続けているという、映画の中の主題に出会い、どのように2つが重なり合うか、をぼんやりと考えている。
人を突き動かすものが何であるか?それがいろいろあるとして、その中でも、全ての命が互いを貶めあうことなく人生を健やかに全うできるような、それは何か?
それは、柄谷行人がいうところの単独性−普遍性の回路の中にあるものでなければならないのは明らかだと思う。
人が言葉を用いてものを考えるなかでは、それをあぶり出すのは難しい。
だから、行動の前提がそうなるような会社をつくる。ぼくが実現したいのはそういうことだ。