gridframe001の日記

とりかえのきかない世界を生きるために

「なる」の空間 1

つくろうとしてつくる、つまり「する」という行為をやっていくと、必ず「なっちゃった」という部分がでてくる。

例えば、塀にペンキを塗っていたら、一枚の落ち葉が飛んできて、ぺったり貼りついちゃった・・・とか。まあそれはふつう「失敗」という認識から始まる。しかし、葉っぱをはがしてみたら、あら意外とかわいい模様だ、と感じた瞬間に「失敗」という観念は揺らぎ始める。塀全体から見ると、こんなにきれいに塗れているのにそこだけ惜しい、と思う気持ち。しかし、その辺だけ見ると、悪くない。いや、かえって、良い。その模様の上にもう一度塗り重ねることを躊躇していたら、今度は大風が吹いて、たくさんの落ち葉が塀にペタペタペタ・・・と貼りついた。迷わず落ち葉模様の壁、採用。

こんな話、愉快な気持ちになってこないだろうか。

このようなプロセスでできあがる空間を私たちは「なる」の空間と呼ぶことにしよう。「なる」の空間は、必ずしも自然のハプニングが原因でできあがるわけではない。つくっている本人が最初につくろうとしたものとは違ったものにできあがる空間を「なる」の空間と呼ぶのなら、「なる」を引き起こす原因は、つくる人、場所、素材、時間などとても多様である。

(つづく)http://d.hatena.ne.jp/yogosiurubi/20100401/