土壁を素材として切り出し、新しい空間に使用したい。
この思いは、もう30年以上も続いていた。
子供の頃、熊本にある父方の実家に目立たない暗い部屋があり、ぼくはその壁が大好きだった。
それは土壁でできており、ぼくの記憶では少し崩れたところがあった。
その崩れた部分は、平面であるはずの壁に奥行きを与え、そこにたっぷりとした暗闇をつくり、何かがそこで蠢いているのを想像させた。
意外なことに、小さなぼくはその暗がりを恐れることもなく、むしろ今も明確に思い出される大好きなモノとして記憶に刻まれたのだ。
そんな土壁の記憶をもとに、また遭遇することをずっと心待ちにしていた。
鋸南町で土壁の寄付を受けたとき、ぼくの喜びはきっと他人には想像できないものだったろう。
それを素材として、新しい空間をつくる。
新しい素材としてのクロカワ鉄を組合わせて、商品棚をつくった。
これができたとき、ぼくの中で明らかに新たなページがめくられた。