中学・高校の頃の思い出は輝いて見えない。
それは、これといった目標を明確に持てなかったからだ。
必死になって頑張れることがなくて、中途半端に過ごしてしまった。
もし、そんな状態の自分が続いていたら、ぼくは壊れていたかもしれない。
高3のときに自殺したクラスメイトがいた。
ぼくは死を賭けてなにものかと闘った彼を憐れむ気持ちには到底なれなかった。
むしろ、自分も彼のように闘わねばならない、という気持ちを強くした。
資本主義社会には、中途半端な人間をそのままにとどめようとする力が働く。
なんとなく生き永らえさせて、社会に都合の良い歯車として取れるだけのものを搾り取ろうとする力が。
目標を持たない者は、その力に絡めとられ、気づかないうちに潰される。
今だから、そんなふうに言葉にできるけれど、その頃のぼくはただ焦燥の中に沈んでいた。
そこから出たい、という強い気持ちがなかったら、ぼくはどうなっていただろう?