神に見放される、という言葉から思い浮かぶのは、いつも旧約聖書のヨブ記だ。
神に見放されたかのような人生は無数に在り、ヨブはその象徴的な存在としての役割を担ってきただろう。
ヨブはひたすら耐えることによって、幸福を与えられて話は終わる。新しい家族と家畜を与えられて。
この結末に勇気を与えられる者も無数にいたかもしれない。
だが、死んだ家族たちは帰ってこない。新しい家族と家畜は、単なる物質のように、与えられるのだ。
だから、真の幸福は戻らない。
耐えるのみではだめだ。ぼくらは、運命と闘わなければならない。