たとえ私たちがつくる空間が、商売のための空間であり、その背景をなすための空間に過ぎなかったとしても、それを背景をなす空間としてつくってはならない。
たとえば、BGMに過ぎなかった音楽が、ひとたび聴く人の心を捉えたとき、それ自体が主役に変容するように。
必要なことは、私たちがつくる空間が背景になりうることだ。
道端に咲く花などは、そのように存在していないか。風にそよぐ木の葉も、そのように存在していないか。
自然は、背景にも主役にもなりうるではないか。
背景にしかならない空間など、存在させてはならない。自然のように存在させることを目的としなければならない。