この空間をつくっている間、久しぶりに「居候」という言葉を耳にして、きみたちにこんなことを提案したくなった。
「居候できる世界を復活させよう。」
居候は、かつては名だたる作家たちもしていたことで有名だし、数十年前まではそこら中に当たり前にあったが、今はほとんど聞かなくなった。他人が生活の中に入ってくるのを嫌うようになったのだ。
他者の中に飛び込んでいく。他者を受け入れる。ぼくらが子供のころはまだ、カギをかけない家がたくさんあった。
他者を信頼する。それが当たり前だった時代が、今より悪いわけがない。
そこには、共に生きていこう、という姿勢がある。学び、学ばれる関係性がある。
SOTOCHIKUはその空気感をつくりだすのにきっと有効だ。それはいろんな境界を取り除く性質を持っているから。