アーティストのYellow Yellowさんのことを解説することはできない。
おそらくアーティストとは、理解を許さないタイプの人を言うのだろう。
作品も含めて、人として謎に満ちている。
それは、鋸南で出会ったもう一人のアーティスト吉良康矢さんにも言える。
ひとつ、Yellow YellowさんとSOTOCHIKUとの共通点として感じることがある。
彼が収集する「黄色い何か」は人工物と自然物とが同じくらいの量で存在すると思われる。それらが混ざり合い、混とんとした風景をつくる中で、大きな黄色の塊になる。
対して、SOTOCHIKUは人工物に時間が作用して自然物になっているようなものに、さらに人工的な制作を加えて、組み合わせていく。
どちらも人工物と自然物が混じり合ってカオスをつくり出している。
他の色ではそうはいかないだろう。例えば、緑であれば自然物に偏り、青であれば人工物に偏るだろう。
黄色は「何かになりかけ」の状態の色なのかもしれない。
だから、どこへでも行ける。