アメリカへ留学して初めての夏休み。クラスメートはそれぞれの故郷へ去り、バッファローにひとり残された。
設計コンペに挑戦するために、本を読み漁り、ぼーっと考え続け、スケッチを繰り返す毎日。最初の2週間は、忙しく過ごした。しかし、3週間目に入ってから、ずいぶん人恋しくなってきた。周囲に友人は誰もいない。
誰かと話をしたい。スーパーへ買い物に行くと、レジのおばさんと話をした。それがその日の唯一の会話だったりした。唯一、人の温もりを感じられるときだった。
別の日、レジのお姉さんが愛想のない人だったりすると、どっと落ち込んだ。
レジにどんな人がいるかが、その日の自分の情緒を左右する、という情けない状態に陥っていた。
一人でいることには自信を持っていたが、私が人と話さないで平気でいられるのは2週間が限度だと思い知らされた。
よく植物を眺めていたことを思い出す。夏の日差しにキラキラゆれていた一枚の葉。
奄美大島でひとり植物を描き続けた画家、田中一村は、見つめていると植物が話しかけてくるようだった、と書いていた。田中一村の絵は、周囲の自然とのコミュニケーションの手段だったのだろう。
そのときの彼の心境を、私は少し分かるような気がした。