gridframe001の日記

とりかえのきかない世界を生きるために

世界に生まれ来る子供たち その4

内装の仕事は解体工事から始まる。そのときに気をつけなければならないのは、水道・ガス・電気・電話線などの配管を傷つけないことである。

これらをどこに通すか。見せるか、見せないか。気持ちのよい空間を考えるときに重要な要素である。

これらを完璧に見せないようにすることには、抵抗感がある。その空間の機能を支えているこれらのものが、裏側の蜘蛛の巣にまみれた場所に押し込められている感じが嫌いである。

先進国から開発途上国を見る目も、なんだかそれに似ている。開発途上国の資源によって生活を支えられているにも関わらず、それらの国がまるで存在しないかのように毎日を過ごしている。

天井の上に押し込められていた配管が、解体工事のときに、全貌をあらわす。実は、天井の上は、このように混沌としていたのだよ、とそれらは語る。だが、それを聞くのは、工事業者であり、その空間でこれから長い時間を過ごす人間ではない。

昨日、スラム街の話を書いた。香港の九龍城は世界で最も有名なスラムだったろう。なんと東京ドームの約半分の土地に5万人が暮らしていたという。畳一枚に3人という計算になるそうだ。

そこには、上記の配管が束で頭上を通過していたそうだ。

別に、その方がよいとはいわない。それは、劣悪な環境を指し示すものでしかない。しかし、そのような空間で人が当たり前に生活をしていたという事実は、私を勇気づける。人間は、強い。

混沌を天井の上に閉じ込めることを当たり前としてきた人たちが、そうであるがゆえに、一方でこのような劣悪な環境に生きる人々を生み出してきたのだ、という私の直感は間違っているだろうか。

混沌に蓋をして閉じ込めてしまうことが大人になることであれば、どうか、世界に生まれ来る子供たちが、子供のままで居続けてくれることを私は祈る。

(つづく)