通信の始まりと同時に能登地震が起こり、ぼくらにできることで貢献できないか、と能登は通信の中心課題になりました。SOTOCHIKU通信は、スタッフM さんが能登へ通い続けて、体を張って災害ボランティアを続けながら、まったくご縁のなかった土地に関係を構築してくださった記録でもあります。
壊れたモノの解体は日々進んでおり、それは喜ばしい側面もありながら、能登に流れた時間を記憶する「魂の宿るモノ」がどんどん姿を消していくのを、ぼくらは複雑な気持ちで見ています。
果たして、能登の未来はどうなるのか?能登の神々が宿るような風景は残されるのか?あの燃えるような祭りは未来も続いていくのか?
来年のうちには壊れたモノは消滅してしまうかもしれません。しかし・・・ぼくらが能登で壊れた空間を再生するチャレンジの機会はまだ訪れていません。その活動を支えるためでもある、能登の壊れたモノを東京周辺で空間づくりに生かすプロジェクトもごく少ない状況です。
ぼくの正直な気持ちとして、「助けてください」と言わざるを得ない状況です。もし、ご賛同いただける方がいらっしゃれば、ぜひお力を貸してください。
最後になりましたが、能登だけではなく、千葉県鋸南町などさまざまな場所とのつながりを深める1年にもなりました。来年はSOTOCHIKUトレーラーを牽引して、さまざまな場所を訪れたいと思います。