ボランティアというポジションに対しては、称賛する人と批判する人がいる。
前者はお金をもらわずに社会に貢献しようとしている姿勢を評価するのだろうか。
そして、後者はお金をもらう場合と比べてサービスが行き届いていないことを非難するのだろうか。
例えば、ある子供に対する教育的な活動がボランティアによって行われているとき、ぼくは、この人たちがボランティアとしてでなく、ビジネスとしてやっている活動ならよかったのに、と思う瞬間は、その人たちから、上からの目線を感じ取ってしまうときである。
「ぼくたちはこんなに大変なことをボランティアでやっているんだから、気に食わないなら来なければいいんだよ」と。
こんな意識が見え隠れする人は、どんな活動だろうと醜い。精神的に優位に立とうとしてしまう者は、最初からボランティアに選ばれるべきではないのだ。
逆に、視線を同じ高さに置いて、誠心誠意やっていらっしゃることを感じ取れるとき、ぼくは人間として、尊敬の念を抱いてしまうことを禁じ得ない。
ボランティアとは、選ばれた人にしかできない、崇高な活動である。