回想するときはたぶんいつも、未来について考えている。
あの人はよくこう言っていた。
「ええ、ま、そいそい!」
アクセントは頭の「ええ」にある。だんだんか細くなってきて、「そいそい」は宙に消えていく。気持ちが強いと「ええ〜」と伸ばされる。
意味は「こんちくしょう!」とでもいうところだろうが、そう言い換えてしまってはあの人のあの人である所以を失ってしまう。
そうやって、あの人の単独性を頭の中で繰り返すことによって、あの人の目を自分の中に獲得したような気持ちになる。
実際に獲得できたかどうかは問題ではない。そのような気持ちになる、ということが、ぼく個人の中で起こりうることの最高到達点だからだ。
そしてそれは、あの人と一体化する、と大げさに言っても、差し支えのないことだと思う。