してみれば、実現とは死であるのか。ここに生がつねに問わねばならない問いがあるのだ。なぜなら、現実は実現されることによって、はじめて実存するところのものとなるのだから。(森敦『意味の変容』p.114)
ぼくらが生きている間にできることは、問い続けることだけだ。その限りにおいて、ぼくらは矛盾として実存することが可能になるのだから。問うことをあきらめた瞬間にぼくらはただなにものでもなくなってしまう。
あるいは、生きているうちに実現したとき、やはり、ぼくらはただなにものでもなくなってしまう。実現したものから意味を取り去って、構造可能にし、新しい問いを立てなければならない。そうして、新しい意味への道が開かれていく。
常に途中にいること。ぼくらの命の価値は、どれだけたくさんの意味をなしたかではない。どれだけ大きな問いをなしたかであろう。