具体的に、どのようにしてそんな空間をつくるのでしょう?その仕事の進め方はとてもユニークです。
「創造性の連鎖」と呼ばれるものづくりのシステムと「SOTOCHIKU(外築)」と呼ばれる時間を刻み込んだオリジナル素材の利用という二つの方法があります。
創造性の連鎖
最初に提案した設計に対して、各工程の担当者が自由にアレンジしながら、リレーのようにつくっていきます。
変更の上限は全体の2割ほど。前の人のアイデアの上に、新しい人のアイデアが重なることよって、最終的には誰も予想できなかったものができあがる。
田中さんはそれを、「創造性の連鎖」と呼びます。
「創造性の連鎖」は、まず田中さんとチーフの久保さんの二人が、クライアントからじっくり話を聞くところからはじまる。
クライアントは近い未来、そして遠い未来、この空間がどのような役割を担うことを望んでいるのか。クライアントと同じ方向を見ていると確信できるまで、インタビューを続ける。
その話をもとに田中さんが紡ぐ<詩文>と雰囲気を伝える<パース>を基本設計とし、スタッフへバトンのように引き継ぐ。後に続く詳細設計、制作、施工スタッフはそれぞれ、バトンを持っているときに自分が発想したオリジナリティを入れ込むことができる。
バトンの一例として、浜松町のスペインバルBuena Vistaを見てみよう。
詩文とパースは、次のようなものだ。
スペインでは車を洗わない、と聞いたのはもう30年前のことだ
ホコリ被った車が、車体をガタガタ揺らしながら、狭い石畳を走る
それが、浮かんだ最初のスペインの風景だ
同じころ、
「車は走るためのもので、洗うものではない」
という飲み屋の常連の言葉にうなづいて以来、
ぼくは車を洗っていない
車は走るためのものだからだ
そう、狭い石畳の風景の画角をもっと広げると、
抜けるような空が青く、雲が白い
そして、丘の斜面を上る、
紫外線でくすんだ赤いボディのオンボロ車の横で、
海がどこまでも果てしなく
キラキラ光っている
「パースに描かれたものを次の人へ渡すと、それを変えてもいいと言っても難しいけれど、言葉は個人それぞれで浮かべるイメージが違うから、どのようなかたちにも変換できます。バトンとしてはこれ以上のものはありません」
「一人の考えによって閉じない、各担当者のエネルギーが集約された、未来へ開かれた、良い意味で未完成の空間ができあがり、クライアントに引き渡されます」
「このやり方だと個人がクリエイティビティを発揮できるし、それぞれの能力を上げることにもつながります。その空間を運営していくクライアントさんも、より自由な発想で働くことができていると思います。」
「もちろんクライアントとの信頼関係が成立していることが前提としてあります。この信頼関係が欠けていれば、良いものができるわけがありません。」
プロジェクトの参加者全員が自分の手で何かを生み出しているという実感を得られる仕事の進め方だと思います。
(つづく)