人工知能、5G、iOTなど、正直な話、1週間前まではどうでもよかった。
快適・簡単・便利なものに踊らされる人生にしたくない、と。
だが、あるコンペ案を考えるうちに、「技術は人を勇敢にするか」という問いが浮かんできた。
つまり、「人は他人(機械)のサポートにより衣食住の心配がなくなったときに、外部に立ち向かうための内部を強めることになるのか?」という問いだ。
(ぼくは答えを出そうとしてしまったが、ぼくらのつくるものは問いであるべきだった。)
例えば、儲けている会社の社長は内的に強い人間なのか?と想像するのもよい。
権力欲とは、善なのか?という問いにも通ずる。
けれども、世界の全人口の衣食住が、人間以外の労働によって支えられるとすれば、そもそも格差は残るだろうか。実現すれば、夢のような豊かな世界だ。
だが、そうでなければ、失業者が増え続け、世界人口のほとんどが食べていけない時代になる、という真逆の世界が待っている。
貧富の差が増大する一方に見える現在は、後者になるのではないか、という不安を掻き立てる。
しかし、例えば、自動運転が未完成のときは、運転者は自分で運転するよりもかえって不安に駆られるが、完成すれば、運転者は安心して外の風景を好きなように楽しめるようになるだろう。このように、技術が完成すれば、内的な世界が真逆に変わる。現在は、どんな技術も発展途上の段階だ。
ぼくは、外部に立ち向かえることの条件をこれまで考えてきたが、それが最先端の技術とリンクするとはこれぽっちも考えていなかった。
これまでも技術は、人の生活を快適・簡単・便利に変えてきた。けれど、衣食住を支えるには程遠い。ぼくらは、かつての時代よりもワーカホリックになっているのだから。
技術が飛躍的な発展を遂げた後、ぼくらはどんな目標をもって強くなれるのだろうか?