自然の在り方を「意志」と捉え、それに副うように生きることが善だ、とすることは危険をはらむ。
なぜなら、人間が自然の在り方を誤解する可能性があるからだ。
誤解すると、ナチズムのような悲惨も起こる。
35億年前に生命が誕生して以来、生物は多様化してきた。そのことを、どのように環境が変わったとしても、なんらかの生物が生き残るためにプログラムされたのだ、と捉えることは腑に落ちる。
ぼくらは自分たちが複雑化した人間だから、時の経過とともに生物は進歩している、と思ってしまうが、ダーウィンが「進化とは進歩ではない」というように、単純化、つまり退歩したウイルスという存在もいる。
複雑化と単純化。多様化は、単に複雑化ではない。
ぼくらが空間をつくるものとして、大事にしなければならないのは、多様化された空間をぼくらは愉しめるだろうか、ということだが、