陽向に「冒険シリーズ」と題して、毎晩寝る前に、かつての一人旅の話をしている。
小学校一年生にもわかる話に限っているが、いつも大笑いしてくれる。
そもそも孫に「おじいちゃんは、若い頃にね…」と話せることが、旅の一つの目的だった。
相手は息子だが、小さな願いがひとつ叶ったようで、うれしい。
ただ、今晩は笑わなかった。
デンマークを150キロ歩いたときに、途中でついてきた小犬の話をしたのだ。
・・・・・
小さな村を通ったときに、赤い首輪を付けたかわいい犬がなついてきて、ぼくについてきた。
最初は愉しく一緒に歩いていたが、いつまでもついてくるうちに村を過ぎてしまった。
小犬が無事に帰れるか、心配になってきたが、小犬は戻ろうとしない。
まだずっと遠くまで歩く予定だったから、ぼくは歩き続けなくてはならない。
村はだんだん遠ざかっていく。
なんとかして、この小犬を家に帰さねばならない。
せまい田舎道を村へ向かう対向車が来ると、小犬が引かれないように脇へどけて首に手を回し、もう一方の手で、家まで乗せて行ってもらおうと思い切り手を振った。
何台同じことをやっても、結果は同じで、気のいい旅行者が手を振っていると思われて、みな運転席から満面の笑顔で手を振り返してきて、通り過ぎて行った。
このままでは小道から、国道へ出てしまう。
国道にぶつかるT字路に一軒の家があった。ぼくは心を決めて、家の敷地へ入っていき、ベルを鳴らした。
そして、出てきたご婦人に、通じないかもしれない英語でまくし立てた。
「あそこの村からこの犬が私にずっとついてきてしまったから、なんとか犬を家に返してやってほしい。私は行かなければならないから、犬はここに置いていく。よろしくお願いします。さようなら。」
ご婦人は困った顔をしていたが、振り返ってもしょうがない。
ぼくは、急ぎ足で、国道を目的地へ向かって歩き始めた。
・・・・・
という話だ。
陽向は一度も笑わないで、「どうして別れなきゃいけなかったの?」と悲しそうな顔をしている。
ぼくはいつものように、陽向が笑ってくれるだろうと思って話したのだが・・・。
そういえば、ぼくはその小犬の気持ちを考えたことがあっただろうか?自分は冷たい人間なんじゃないだろうか?などと、考え込んでしまうことになった。