そのときぼくらは、テナントビルの中に店舗をつくらせていただいていた。ぼくらの会社がまだ初期の頃の話だ。
お店のオープンが迫っていて、スタッフ全員で連日の徹夜作業をしていた。
深夜2時頃だったろうか。ひとりのスタッフが突然いなくなった。ある部分の造作を任されたプレッシャーに耐えられなかったんだろう。
緊張が走る。彼の担当部分は、彼しか理解していない。現場に残された材料を分析して、朝までに完成させねばならない。
残りのスタッフが集まって、緊急会議。やばい。材料は、足りない部分がいくつかあることがわかった。
この時間に手に入る材料を購入して、代用する方法を考えなければ。
幸い、近くにはドンキホーテやスーパーが営業している。組み立て方法を考えながら、売り場を歩く。
頭の中は、フル回転している。なんとか答えを見つけて、試行錯誤をした結果、無事に朝を迎えることができた。
後から考えると、そんなときの自分は、ぼくが知らない自分だ。
日頃は、ゆっくりしか動かない自分の頭が、突然人間が変わったかのように急速に動き始める。
まるで、そんなときのために、自分の後ろにもうひとりの自分が控えていて、ピンチのときだけ登場するかのようだ。
ひょっとして、そいつもだめだったら、さらに何人か控えの自分が待機している気がする。
控えの自分は何人いるんだろう?
残念なことに、ぼくの後ろにいる控えの自分たちに、好きなときに会うことはできない。
けれど、何度かかれらに出会った経験のおかげで、ぼくはどんなときも希望を捨てないでいられる。